老後はピースボートで世界一周を夢見て・・・

老後費用を貯める予定が・・・実母の在宅介護で早期退職しました

節分の思い出

一年で一番寒い時期が節分
節分過ぎれば 私の運気は上がってくるんです。
なので 毎年節分が過ぎるまでは引きこもります。


節分と言われて頭に浮かぶのは

豆まき
太夫さん


幼いころは 毎年、青鬼さんと赤鬼さんが見えたんです。
この話をすると みんなに苦笑されるけど・・・
遠くに見える工場の屋根の上に金棒持って立っているシルエットが見えたんです。
嘘じゃないのに 誰も信じてくれなくて。。。


今となっては 何がそう見えたのかわかりません。
もう記憶通り 青鬼と赤鬼でいいと思ってます。


家の向かい側の電信柱には オバQもいました。
もちろん 誰にも信じてもらえませんでしたが・・・
いいんです。
私には見えたんですから! オバQ・・・知ってるよね?


幼い頃のいい思い出です。 ってちゃうちゃう


こんな話じゃなくて もっとまともな自慢話がありました。



豆まきって 撒く側? 拾う側?


小学生の低学年の頃 父に連れられて大きなお寺に行きました。
父は裃を付けて 私は綺麗なおべべを着せてもらって本堂に座っていました。
緋の衣を纏った大僧正のお経を聞いた後に
一升枡を渡されて境内に向けて紙に包まれた豆をたくさん撒きました。
そうです。 一度だけ撒く側をしました。
ぎょうさんの人が両手を広げて「こっちこっち」と叫んでいるのを見て
まるで小鳥が巣の中で餌をねだってお口を開けているような光景に見えて
豆まきするのはとっても面白かったです。


でも、私の一番の思い出は 豆まきした事ではありません。
もっと凄くて自慢できる思い出。。。


それは私の隣に 金襴緞子のおべべを着た太夫さんが居た事です。
その綺麗なおべべが忘れられません。
太夫さんは私に赤い鬼のお面を頭に付けてくれました。
その時並んで一緒に撮ってもらったお写真がアルバムに残っています。
太夫さんは見た事も無いほどきれいできれいで、お手手も白くて
そして物腰が柔らかいんです。
子供の私でも じーっと見とれていました。
物語を見ているような気分になった事を今でも覚えています。


お寺は うろ覚えですが
千本釈迦堂だったと記憶しております。


現在は 太夫さんは観光客相手のおもてなしをされているようですが
私がお会いした頃の太夫さんは簡単にはお目に掛かれない存在の方でした。