老後はピースボートで世界一周を夢見て・・・

老後費用を貯める予定が・・・実母の在宅介護で早期退職しました

成人式で思い出すのは「はれのひ」と「毒叔母」

時が過ぎるのは早いですね。
前代未聞の成人式バックレ事件からもう一年が経つのね。
毎年この時期になると 被害にあった方々は
また嫌な事を思い出さなければいけなくて気の毒です。




中には今年の晴れ着を注文していた方もいらしたから
本当にあの社長はサイテーな親父。
おまけに家族と海外旅行に行って姿をくらましていたなんて
あの若い嫁さんも 相当おかしい人よね。


元社長篠崎洋一郎被告(56)は7日までに、
懲役2年6月の実刑とした横浜地裁判決を不服として控訴した。
全然反省していないようですね。
おとなしく刑務所に入って罪を償って下さい。




また「毒叔母」の話です。
すっかり忘れていましたが 思い出しました。
私が成人式の振袖を作った時の事を・・・



母の叔父さん(私の大叔父)は、京都の老舗呉服問屋に勤めていたんです。
水戸黄門で言えば 越後屋の番頭さん(笑)
そんな関係で親戚の女性達は、3歳~おばあちゃんになるまで
着物はすべてそちらの問屋でしつらえていました。
※一般の方は問屋さんでは着物を買えないので呉服屋さんで買って下さいね


私が成人式の反物を選びに母と大叔父さんの会社に訪問して
売り場に案内してもらった時の事
エレベーターが売り場の階に止まって扉が空いたら
目の前に伯母さんが2人立っていて・・・
あっ! (◎_◎;)


母は偶然、他県に住む姉妹に会えたので喜んでいましたが
私は 絶対面倒な事が起こる予感がしました。
だって一人は口うるさい毒叔母ですもん。
こんなイベント事が大好きで自分で仕切ろうとするんですよ。


いやいや困る
私の着物は絶対自分で決めますよ!
母達、姉妹三人でべちゃくちゃしゃべっているうちに
さっさと大叔父さんに頼んで着物を見せてもらっていました。
当時の流行は 赤紫、青紫、紺 の中振袖でしたが
私が希望したのは 黒地の本振袖です。

それもグレーではなく 漆黒に近い黒をお願いしました。



千枚以上ある振袖の山の中でも 黒地の着物は数枚しかなくて
決めるのは早かったんですが・・・
毒叔母がねぇ 予想通り口を出してきました。
「一生に一度の晴れ着に黒なんかダメ!」と言われました。
「明るい赤かピンクにしなさい」との指示を受けましたが 
とんでもない ピンクが似合うわけがない!と猛烈に抗議。


母も大叔父も「自分で気に入った物を着るのが一番いいよ」と言ってくれて
優しい伯母さんが毒叔母を連れて自分たちの目当ての物を探しに
別の階に移動してくれました。
その後は 顔を合わさないように速攻帰宅。


思い出したら私は十代の頃から いろいろ邪魔されてたんですね。
今も手放さず持ってますよ。
黒地の本振袖 
洋服にリフォームして もう一度着られたらいいな





小さな幸せのある暮らし